平成から令和へ変わる日本、実はこれまで世界からこのように見えていた!?

 

元号が、平成から令和に変わりましたね~。

 

今回の元号が変わる時はこれまでとは違い、天皇が崩御されてからの元号選定ではなく、天皇陛下が退位されることが決定してからの元号の選定となりました。

天皇が崩御してからの元号の変更の時は、世間がどこかもの悲しく、重い雰囲気になっていたものでしたね。

しかし今回の元号変更では、街は毎年の正月のようにお祭りムード。

 

皆で明るく新元号を迎えられたのは、私としては良かったかなと思います。

そんなお祭りムードで新元号を迎えた日本ですが、今回の前例のない元号変更は、
世界からはどんな風に見られたのでしょうか?

 

また、天皇制の日本をこれまでどのように見ていたのでしょう。

 

そもそも王政ではなく、世界で天皇制を採用しているのは日本のみ。

他国の王政と、どう異なるのでしょうか?

今回は天皇制ができた歴史とともに、述べてみたいと思います。




 

天皇制は他国の王政とどう異なる?これであなたもまるわかり

 

世界中で「王政」を採用している国は多くありますが、「天皇制」を採用しているの日本だけです。

 

「天皇制」と「王政」との違いは、どのようなところにあるのでしょうか。

 

まず「天皇制」とはどのような制度なのか、お話ししましょう。

現在の日本国憲法では、「天皇」は日本国および日本国民の象徴であると言われています。

 

「天皇=日本のシンボル」と言う訳ですね。

 

これを憲法と法律ではっきりと定めていることが、「天皇制」の基本となります。

また、天皇になることができるのは、皇族の方のみと限定されています。

しかし、「天皇制」と言っても、天皇の立ち位置は時代の中で何度も変化して来ました。

祭囃子や軍人のトップとしての部分が強かった時代もあれば、摂関や関白・幕府等の政権に正当性を与える役割であった時代もあります。

また、明治時代の大日本帝国憲法では天皇は「元首」とされており、軍の全てを統(す)べる強い権力を持っていました。

 

では、「天皇制」と「王政」は、一体どこが異なるのでしょうか?

まず、国際政治上は、この「天皇制」と「王政」に違いはありません。

「天皇制」は立憲君主制の1つであると、考えられています。

これは、元首である天皇あるいは王の役割はあくまでその国の象徴であり、実際の政治は法律によって政治家や内閣が行うと言う、決まりの政治体制です。

 

この立憲君主制を採用している国は、日本以外にもオランダ・スペイン・デンマークなど、王制を取っている国々で見られます。

この点から考えると「天皇制」と「王政」には大きな違いはないと言う事になります。

 

ふたつの違いをあえて言うのであれば、日本の皇室は世界最古の王族という事でしょうか。

 

世界の王族あるいは皇帝の中には、長い歴史の中で滅ぼされたり、跡継ぎが産まれない等の理由で血筋が途絶てしまった国があります。

その一方で、日本の皇室は神話上は紀元前660年頃から、また少なくとも資料により確認できる4世紀頃から、途絶えることなく続いています。

「天皇制」と「王政」の違いは、こうした血筋が絶えず天皇家が続いている点かも知れません。

 

長い歴史の中で他の王族や皇帝が血筋の途絶えたこともある中、日本の天皇だけが絶えずに続いているって凄いことですよね!

 

王と皇帝と天皇。運命を分けた歴史とは?

 

今、世界で「エンペラー(皇帝)」と呼ばれる人物は、たった一人だけ存在しています。

それは日本の天皇です。

 

世界に王はいるものの、皇帝は天皇を除いて残っていません。

国際社会において、天皇のみが王(King)よりも格上とされる「エンペラー」とされています。

一般的な誤解として、天皇がかつての大日本帝国(the Japanese Empire)の君主であったことで、「エンペラー」と呼ばれたと思われていますが、実はそうではありません。

大日本帝国憲法発布時よりも前に、天皇は欧米人によって「エンペラー」と呼ばれていました。

 

江戸時代に来日したシーボルトら3人の博物学者は、長崎の出島にちなんで「出島の三学者」と呼ばれています。

「出島の三学者」の1人で、シーボルトよりも約130年前に来日したドイツ人医師の、エンゲルベルト・ケンペルという人物がいます。

ケンペルは来日から2年間日本に滞在して、帰国後『日本誌』を著します。

 

この著書の中には

「日本には2人の皇帝がおり、その2人とは聖職的皇帝の天皇と世俗的皇帝の将軍である」

と書かれています。

 

天皇とともに、将軍も「皇帝」とされています。

ケンペルが死去した後『日本誌』はイギリスの収集家に売られ、その価値が認められ、『The History of Japan』と言うタイトルとなって英語訳で出版されました。

この本は話題となり、ヨーロッパ中で大ヒット・ベストセラーとなったんですよ。

 

ケンペルの『日本誌』が普及したことで、日本の天皇および将軍が「皇帝」と呼ばれることがヨーロッパで定着しました。

 

こうした背景からペリーがやって来た時、天皇と将軍を「emperor(皇帝)」と呼んだのです。

ペリーのみならず、日本に来た欧米各国の学者や外交官たちも天皇と将軍を「皇帝」と呼び、日本には「2人の皇帝が存在する」と記録されています。

 

また、ケンペルは『日本誌』の中で、

「同じ一族の114人の長男の直系子孫たちが皇帝位を継承しており、この一族は日本国の創建者である天照大神の一族とされ、人々に深く敬われている」

と書いています。

 

ケンペルは、皇統の「万世一系」が日本で重んじられていることに言及したのです。




 

まとめ

 

「王政」を採用している国は多くありますが、「天皇制」を採用しているのは日本だけ。

「天皇=日本のシンボル」と言うことが憲法と法律ではっきりと定めていることが「天皇制」。

「天皇制」と「王政」の違いは、血筋が絶えず長く天皇家が続いていること。

世界で「エンペラー(皇帝)」と呼ばれる人物は日本の天皇のみ。

大日本帝国憲法発布時よりも前に、天皇は欧米人によって「エンペラー」と呼ばれていた。

「出島の三学者」の1人で、ドイツ人医師のエンゲルベルト・ケンペルの著書『日本誌』を著した。

「日本には2人の皇帝がおり、その2人とは聖職的皇帝の天皇と世俗的皇帝の将軍である」と書かれている。

 

いかがでしたでしょうか?

日本の元号が平成から零和となり、新しい時代が始まりました。

これからどんな時代になるのでしょうか。

 

いずれにせよ平和が続いてほしいと、祈らずにはいられません。

 

 

 

コメントを残す